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キャリアアップする方法・日本人の精神構造と企業活動

著者  マネジメントプランニング(株)
奥野嘉夫

目次

(第1巻)

Ⅰ はじめに

Ⅱ 日本人の精神構造と企業活動

Ⅲ 現代の学生事情

(第2巻)

Ⅳ 社会人のキャリアについて エリートキャリアとは 成長キャリアとは

Ⅴ 企業の組織事情 組織の変遷 組織と言う考え方 組織の今昔

Ⅵ 間違っている組織論 創業期~成熟期~衰退期の組織構造 組織における経営幹部のあり方

Ⅶ 組織人としてのパーソナリティーの活用 一 教育指導のあり方 失敗しない教育方法

Ⅷ 組織人としてのパーソナリティーの活用 二 タイプ別指導方法 成果の上がる組合せ

 

はじめに

現代の社会人気質というものを考えると、あまりにも日本人として 精神力・知識能力・技術的能力・人間性というものが脆弱になって きたと、感じることはないでしょうか

高度成長期・低成長期・バブル崩壊という経済状況がありましても なかなか面白い達成感のあるパワフルな時代がございました。

しかしながら、現在はと申しますと、人間的にはホントに素直でい い人材が増えてきました。ところが反面、精神的に打たれ弱い人材 が増えてきていることも事実です。

そんな人たちのことを、情報メディアやマスコミでは、ハングリー 精神の欠如・自律心のなさ・依存心の強さと誹謗中傷しています。

しかしこれは、今までの社会がつくってきた結果ではないかと思わ れます。

経済が右肩上がりのときには、カリスマ社長を中心に猛進、言うこ とを聞いていればよく、給料も保証されていました。

 

だから、社員自らも考えることもあまりなく、言われることさえや っていればよいという企業組織体が多くありました。

これは、集団力としては未成熟集団であったため、強いリーダーシ ップで引っ張っていかなければ、ならなかったのではないかと考え ています。

ところが、バブル経済の時にはカリスマ社長でなくても、一般社員 でも能力があろうがなかろうが、状況はいいほうに勝手に流れる為 に考えるとか物事を探求すると言うことを怠り始めました。

己自身の努力と知恵で獲得してきたのではないので、なんでも与え られるのが当たり前のように習慣付いてきたのです。

しかし、このような価値観は企業組織体だけに止まらず、少しずつ 家庭環境までも影響を出してきたのです。

それは、親が子供に人間として育てるための基準が、『自律心を持っ て・忍耐力を持ち・粘り強く生き抜く』という以前の教えが『自由 で・評価がよく・人と違うことをせず・逆らわないいい子』に変わ ってきたのです。

 

つまり、生きる為の一番大事な部分である『生活力』を教えるので はなく、『生活力』は、自分ではない誰かが保障してくれるという依 存心が基本になっている為に、乗り越えなければならない壁に対し てのチャレンジ精神の欠如やストレスに対して克服して行こうとす るストレス耐性が脆弱なところから、すぐに挫折しあきらめてしま う傾向が強く出てきています。

劇場で昭和30年代の日本の姿を映像にされ、懐かしがられていま すが、そんな時代では考えられない状況が、今現在あります。

ただ、古き良き時代と懐かしむのではなく、そこに何があったから そうなったのか、それは何故なのかという分析も必要ではないでし ょうか。

「温故知新」「不易流行」と言う観点からも今しっかりと押さえてい くことが必要なことではないでしょうか。

そういう中から未来に対して何をしなくてはならないのかという基 本的考え方が生れてくるのです。

いくら時代はデジタル時代 IT 時代と言われていても、どんな事も基 本はアナログで、しっかりと基礎からひとつ一つ積み上げていくこ とが重要になってくるのです。

つまりシステムが人を使うのではなく、人がシステムを使うことが 本来の姿なのです。

未来ある若者が、これからの社会を支えていく為に『いかに己をみ つめ』、『 いかに己の能力を開発しないといけないのか』に気づき・ 考え・悩むことが必要になってきます。

その為には、中高年の人達も文句ばかり言うのではなく、昔を懐か しむだけでなく、いったい己自身何が出来るのか、何を残していけ るのかということを見せていくことが、若者達が己自身を支えてく れている人たちのことなど考え『我 今 何をなすべきか』『我 今 いかにあるべきか』を考えていくのではないでしょうか。

 

Ⅱ 日本人の精神構造と企業活動

日本企業の組織活動というものの原点というものはどこにあるのか。 それは、時代を映した軍事部隊にその原点があるということです。

経営セミナーなどで使用される戦略・戦術・戦闘などの言葉はまさ に、軍事用語にほかならないのです。

また、日本の組織活動は独自で開発されたのではなく、必ずどこか の模倣から構築されてきたということです。

武家社会のときは中国の古の兵法から学び幕末期からは明治にかけ てはイギリス・ドイツなどの西欧からその基礎を学んでおります。

特に企業経営者は現在も、中国古典や故事・武人・先哲から心構え を学び企業経営に生かしていることが多く見受けられます。

 

少しまえの日本の企業組織活動においては、諸外国のビジネスマン が首をひねるぐらい、何故そこまで上司にお伺いを立てるのかとい われるぐらい、ある意味組織の判断(上意下達)は上司を信頼し、 集団化、一糸乱れぬチームワークで結果を出してきたのです。

つまり、日本企業が世界に名だたるものと恐れられていた時には、 まさにこの上下関係が企業に強く根付いてきたところであったとい うことは、言うまでもありません。

では、何故その統制のとれた組織が維持できたのかと、いうことを 考えていくと次の3項目に掌握できるのではないかと考えます。

一、 農耕民族で土地というものに執着していた。定住し、領地の 拡大と確保・安定が重要であった。

二、 一般国民の枠を超えた崇拝する立場の人がいた。

三、 東洋哲学・思想による宗教観が根底に確立されている。

以上の事柄ではないかと考えます。

一つ目の農耕民族という項目ですが、武士・商家・農民問わず一連 して言えるのが、『一生懸命』という言葉も以前は『一所懸命』つま り、ひとつの土地を守りきるという考え方が、根本にあったからで はないでしょうか。

これは、御家人が荘園を守ることから生まれた武家社会は、将軍に 仕えることの関係は、御恩・奉公という考えが根底にあったからで はないかと推察されます。この主従関係は、古くは鎌倉時代からあ り、主君が従者に与える恩恵(御恩)と従者が主君に果たす奉仕義務 (奉公)をさしています。

 

御恩とは将軍が御家人に対して先祖伝来の領地を保証すること(本 領安堵)と戦功などの恩賞として新たな所領をあたえる(新恩給与) を指しています。

これは、拝領という言葉に置き換えて使われているように、西欧の ような狩猟民族に見る、奪い取る発想ではなく、与えられるという 感覚がこの時点から強く意味付けられたのです。

そして、それを子々孫々までも伝えること変わらず安定的にという ことに拘ったのです。

ただ、領地という考え方からいくと西欧にも領主が領地拡大から多 くの戦いを挑み領地拡大を果たしてきました。 ところが日本はそれだけでは終わっていなかったのです。

それが、二つ目の理由になります。 第二次世界大戦後マッカーサ将軍による日本統治の際、一番のイベ ントとしてのとらえられたのが、『天皇の人間宣言』です。

それが何故影響力を出したかというと、天皇制というものが戦前の 日本人にとっては心のよりどころであったということです。ですか ら時代の権力者は皆、理由づけに天皇を引き合いに出して無理なこ とも正当化してきたのです。

 

この影響力は、古くから出ていました、戦国大名がある一定の戦力 を持つと、上洛し我勢力の強さを朝廷に鼓舞し、京都守護という意 味合いで冠位というものを授かっていました。

これが、時の大名はこぞって上洛を果たしていく為に幾多の戦いが あったのです。

つまり、戦国大名が領地を拡大、全国平定しても国家統一してもそ れが一番頂点ではなく、必ず朝廷というクラスが存在していたので す。

これは、武家とうものが前出で述べた荘園管理のもとに構成された 集団だということが長い歴史を経てきてもなおも有効であったので す。

いくら、大名が権力を持ったとしても朝廷に刃向かうということは 朝敵としてみなされ征伐という戦いにいたるのです。

幕府というものを構築しても、その上には朝廷が冠位という役職を 武士につけ権限を委譲しているのです。

 

幕末期会津藩のもと構成された新選組も、薩長連合に朝廷からの一 枚の書面で今までの幕府軍が朝敵になって官軍に攻められることに なります。

その時の名残に『錦の御旗』という大義名分の時によく使われる言 葉も残っているぐらいです。

つまり、日本国にはいつの時代でも、一般国民からは、どうしよう もない階級として崇拝する対象としての存在が、天皇制であり、あ る意味組織の統制をとるためには必要不可欠なものであるともいえ るのです。

反旗翻すと言うことは逆賊という汚名を着せられることになり、こ れは、日本の精神文化の中では絶対に許されないことであったので す。

『義をみてせざるは勇なきなり』も 勇気は義を持って発動されるのでなければ徳行の中に数えられる価 値がないとされたのです。

そして、この精神文化を支えていたのが次の項目で表します。

三つ目として東洋哲学・思想による宗教観というものが影響してい たということです。主に仏教・神道・武士道・朱子学・論語・儒教 などです。

仏教は運命に対する安らかな信頼の感覚、不可避なものへの静かな 服従を説いています。伝教大師は『忘我利他』という戒めの教えを 残されています。己自身を虚しゅうして他人を生かせという考え方 が以前にはあったのです。

禅は『沈思黙考により言語表現の範囲をこえた思考の領域へ到達し ようとする人間の探求心を意味する』とあります。

その為の方法は黙想であり、目指すところは森羅万象の背後にある 原理であり、『 絶対』というものそのものを悟り、そしてこの『絶対』 とおのれ自身を調和させることである、といわれています。

 

神道では神社の霊廟のありかたで表しています。礼拝の対象物や器 具が著しくとぼしく本殿にかかげてある装飾のない一枚の鏡が神具 の主たるものであり、この鏡こそ人間の心の表象であると言ってい るのです。

その中に己自身を見出して戒めて意欲付けしてきたのです。

つまり、自己知というものは肉体的部分の知識ではなく、人間とし ての道徳的性質の内省という意味をなしているのです。

そして日常何気ない会話や行為から、愛国心・忠誠心や『正義の道 理』を学び、父母、目上もしくは目下の者への道徳上の義務を口伝 ではあるが教えられてきたのです。特に家庭教育というものが家長 (父親)を中心とする家庭環境から、絶対的価値観を植え付けられ てきたのです。

それには、何の疑いもなく成長するにおいてもそれが至極当然とし て認識されてきたのです。ですから、役職が下であっても年齢の上 の人であれば、けじめのある対応をしていたのです。

また、商道もこれらの思想を踏まえた武士道の精神をより強く残さ れています。

武士道とは、より強くではなく相手の戦意をいかに喪失させるかが 一番とされているのです。

だから、どんな相手でも完膚なきままに痛めつけるのではないと教 え、余禄を必ずあたえておくこととしていました。

どんな相手でも学ぶべきものはあり、互いに生かし活かされるのが 武士道の本質であると教えてきたのです。

 

これらを、まとめますと次のようになります。

一つのところで実がなるまで頑張りぬき、己の崇める人のために仕 えることそして、その人の喜びが己の喜びであり、それこそが最良・ 最大の大儀であると教えられて、己自身の存在が廻りの人の為にな るように精進し、障害は己自身で考えて取り除くこと。

それが社会人としての本質であり勲章としてきたのです。 それが、当たり前のように、日々繰り返されてきたのです。

少しまえの日本人の精神構造には必ず自分中心ではなく他者中心の 考えが基本にあったのです。

最近では死語になっています言葉に『滅私奉公』とか『犠牲的精神』 がありますが、これはこの心構えの表れではないでしょうか

つまり、この考え方がいいとか悪いとかをここでは控えますが、古 きよき時代といわれる日本人の精神構造と行動はこれらの要素で支 えられてきたことは間違いない事実です。

では、何故そんな考え方が現代社会において、継承されていないの でしょうか、それを知る為には現在の学生事情と言うものを知るこ とになります。

 

Ⅲ 現代の学生事情

これからの日本の社会組織が、どのようになっていくかを知る為に は、現代の学生事情とその意識を知るから始めると全体像が見えて まいります。

学生が大学に進む動機には次のような理由が挙げられる

① 友達が行くといったから ② なんとなく ③ 高校を卒業してすぐに仕事をしたくなかった ④ 世間体があり親が言うから ⑤ 専門を勉強したかった ⑥ 視野を広げたかった ⑦ 友達を増やしたかった、などがあげることができます。

最近では少しではあるが、事情が変わってきている。 項目自体は今も昔も変わらないのだが比率自体が大きく違ってきて いることは否めないのです。

今の学生は、我々の若いときと比べるとどちらかというとまじめな タイプの学生が多いように思われる。

だから、可もなし不可もなしのタイプだから就職というか、就社と いう時に訪問企業の印象はあまりついていないということが往々に してあります。

そんな学生がどんな企業に対してアプローチするかと言うと次のよ うになる

  1. 安定的に成長し企業自体が発展する。 ② 社員の能力をいかし、勉強の機会を数多く与える。 ③ 福利厚生がシッカリしていて勤務時間が短い。 ④ 創造的な仕事が出来て、自由である。 ⑤ 思ったようなポジションに就ける ⑥ 個性を大事にしてくれる。 ⑦ 企業のステータスが高い。 ⑧ 上司・部下の関係においても何でも言える関係 と言うことになるしかし、これらを満たすような企業が果たしてど れだけあるだろうか。

自分の人生の一部を企業に託すための行為は大変楽しみでもあり苦 しくもあります。

現在巨大企業といわれている企業も以前は誰にも知られない企業で あったわけです。それが、永年の努力と創意工夫で今の地位を確立 してきたのです。

逆に巨大企業に入ったのに業績不振で停滞したり、中堅企業になっ たり挙句の果てに倒産してしまうことがあると思います。

成長と安定の両方を求めて巨大企業に入った人は、企業の高い成長 性から、仕事の幅の広がりと働き甲斐を説き社会的イメージと高処 遇をもとに後輩たちに巨大企業のよさを説く。

逆に巨大企業で、成長性の低い企業に入った人は仕事のマンネリ化 から、働き甲斐のなさを嘆き大きな会社に入るものではないという ことを忠告するのです。

成長しそうな中堅企業は急成長する面白さがあるが、逆にオーナー 一族に私物化される恐れもある。だからどの企業に入りどんな生き 方をすることが自分らしい生き方なのかを、根底から考える必要が あるのです。

人間何かを得るためには何かを捨てなければ手に入ることが出来な いということを、今知ることが重要になります。

 

残念ながら、現代の学生にはそのような考え方は少なく、ただなん となく思いついたことを大事そうに日々を送っているのが現状です。

何故このようになるかと言うと、以前の日本人にはあった人生観が 13 年という時間をかけて知識学習しているわりに一番大事な価値観 を学んでおらず確立されていないということです。

以前の日本人の中にあった己の「生命」の意義という価値観につい ては今はなく、ただ、安全で安心できる住処があればよいという意 識が強くなってきています。

これは、学生自身の廻りの人にあこがれたり、尊敬できる人が極端 に身近な人である為に必要以上の努力をしなくても達成可能である と言う安心感が、向上的な行動をかき立てない理由であるのかも知 れません。

自分の生き様を考えた時、手本にする人がいないと、何をどうすれ ばいいのかと言うことが、考えられないぐらいのが現実です。

学ぶと言う言葉の語源は、「まねる」という言葉からきていると言い ます。

そうなると必ず身の回りに「まねる」対象である親や先輩や知人が 多くいると、そこからいくつもの選択肢が生れてくるので、しっか りと現実を直視する習慣が身についていくのだけれど、残念ながら どこを見ても、仕事のやりがいを感じながら生きている人があまり にも少ないということです。

 

学生自身に影響を与えた人を書き上げてもらうと、本当に身近な人 たちばかりしか出てこないのです。

悪いと言うのではないが人間が生きていくにおいてすぐには到達不 可能な立場の人(例えば世界的規模でみる偉人)とか、自分の持っ ている価値観を実践化している人など理想の人の存在が人間向上し ていく原動力になるのです。

日本紙幣になっているような人を以前の日本人はその人を目指した り苦しい時には、その人の生き様を学び、心の支えにしてきたので す。

生き方の中に、自分を活かすための高いレベルの思想や考え方があ まりにも欠落しすぎているのが目に付きます。

あくまでも身近なことで終始してしまうという嘆かわしい現状があ るのです。

現代の学生における理想像とは、あくまでも到達しやすいと言う価 値観が前面に出ているのです。

それに、就職活動で目に付くのは、企業と自分との出合いに縁がな かったと理解するのではなく自分自身を否定されたと思い込む学生 が多いということです。

それは、小学校・中学校・高等学校・大学と成績が上位クラスであ った学生に多く現れてきています。

日本の学校でのよい成績はというと覚えること・分析することが多 くそれを設問に応じて書いて答えていくことがすべてです。

企業面接に際しても『自分がなりたい』『ここに私がきているのだか ら』なんとか企業サイドで私自身を理解してくれと言わんばかりの 学生がこの就職不況と言われている中ですら存在しています。

 

入社試験がよければ内定(合格)がもらえるもんだと思い込んでい る学生もいます。

偏差値教育の弊害がここにきて出てきているのかも知れません。

面接官がどのように感じているのかまた自分の何を面接官に伝える のかを今までの入試と同じ傾向と対策だけで何とかなる。

自分の考えは完璧なんだからと独りよがりの考えを横行させていま す。 入社試験がボーダーラインいっぱいでもその学生の醸し出す雰囲気 を企業の面接担当者は採用の基準に入れているので、そこをよく考 えるようにと言うと面接時の好印象づくりに絞りすぎて、企業内 容・商品知識というのがなくてもなんとかなると思い切っているの も、現代の学生気質ともいえます。

つまり、言われた事をやればそれで良いのだというものの考え方が 蔓延ってきています。

最近、驚かされたのは大学に入学しても、アルバイトもせずクラブ にも所属せず、ただ自宅と大学の往復だけで、大学生活を送って来 ているが、前期・後期試験だけは優秀で常に上位に位置している学 生が、いくら企業受検してもどこも採用(内定)をくれないと嘆い ていたことです。

 

確かに受検勉強はしていますが、質問には答えない、意見がでない、 話している言葉遣いが高校生並と言った具合、だから合格しないの だよ、と言うことを伝えると泣き出すことになる。

よくよく聞くと今までは、親の言うことを何でも聞いてやって来た のに、ここに来て自分の好きなようにやればいいと親が手放しにし た事です。

学生自身も、大学受験に至るまでと同じように、親の言うことだけ を、聞いていれば企業に入れると勘違いしていたのです。 一体どこからそんな事が言えるのか、何の根拠もないのに、と考え 込んでしまうことがあります。

それに、それを信じ込ませてしまっている親はどうするのだろうか と首をひねってしまいます。

まだまだ世の中には、成績つまり偏差値が高ければなんとかなると 信じている学生も親もいるのだいうことです。

自分で考えさせない親が今までアレコレ手を出して生活してきた為 に人間としての強さも逞しさも優しさも産まれてこないのは、至極 当然と言えるのではないでしょうか。

だから、ドンドン落ち込み投げやりになっているのです。

これらの事を考えていくとたった半世紀で、本来持ち得ていた日本 人気質というものが、脆くも崩れてきたということです。

Categories:   経営・ビジネス

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